祇園祭宵々山に行ってきました!
祇園祭宵々山に行ってきました
今年もすごい人ごみ・・・
今日金曜日でこの状態なので、明日の宵山はものすごいことになりそうです。
今年は山鉾巡行が日曜日なので、観光客の方も多いのではないでしょうか。
くじ取らずの長刀鉾です。
他の山鉾はすべてくじを引いて巡行の順番を決めますが、
長刀鉾だけは1番と決まってます。
一番人気なので、毎年私がいった時には、ちまきが売り切れている。
今年も買えませんでした
祇園祭のはじまりをウィキペディアで調べると、
疫病の流行により朝廷は863年(貞観5年)神泉苑で初の御霊会(ごりょうえ)を行った。
しかし、その後も疫病の流行が続いたために牛頭天王を祀り、御霊会を行って無病息災を祈念した。
869年(貞観11年)全国の国の数を表す66本の矛を卜部日良麿が立て、その矛に
諸国の悪霊を移し宿らせることで諸国の穢れを祓い、神輿3基を送り薬師如来の
化身牛頭天王を祀り御霊会を執り行ったのがその起源であるという。
と書いてありますが、その牛頭天王がこちらです
300年前からあるという鶏さまがこちら
金の卵を持っています。
古い山鉾はこんな傘だったそうな。
今はこの形の山鉾は四条綾傘とこの綾傘鉾しかありません。
人が多すぎてまともな写真がとれず。。ものすごいピンボケですみません
月鉾に行ったらちまきがありました
今年も月鉾のちまきで無病息災を祈ろう・・
山鉾によってご利益が違うのですが、なぜかいつも月鉾に吸い寄せられる私。
月鉾のご利益ってなんだろ
京都では、ちまきを玄関に飾っています。
ちまきにはこういう言い伝えがあります。
八坂神社の祭神、牛頭天王(スサノオノミコトともいわれているらしい)が
旅の途中、日が暮れてきたので宿を求めたところ、裕福な巨旦将来は宿を断ったが、
貧しい蘇民将来は粗末ながらもあたたかくもてなしたそうです。
牛頭天王(スサノオノミコト)はそのお礼として、それ以後、
蘇民将来の子孫を疫病から守ることを約束し、その印としてすぐわかるように
茅(ち)の輪を付けさせたのが始まりと言われています。
そのお陰で後に疫病が流行った際も、蘇民の一族は 生き残り繁栄したそうです。
このときの護符になった茅の輪は「茅」を束ねて「巻」いたものなので「茅巻(ちまき)」と
呼ばれるようになったとか。
由緒あるお祭りですが、子供は金魚すくいに夢中
親はパッピンスを見つけて、食欲が勝ってしまいました 
パッピンス初めて食べました。色んな味が入っていてすごくおいしかった
今度韓国に行ったときには本場の味を食べるぞ~
この写真が一番きれいに撮れたかな
今日は疲れちゃった・・・
って、もう明日になっちゃってるし
ゆっくり寝ます。チャルジャヨ~










